私の実家は自営業を経営していた。 創業60年続いて私が20歳のときに倒産してしまった。 母さんから電話があり「お店を閉めちゃった」と言われた。 はじめは何も把握できずにいた。 仕事があり帰ることができず1ヶ月が過ぎた。 帰京すると店のシャッターは閉めてあり私の知ってる店の雰囲気は一つもなかった。 家に帰ると母さんが内職を始めていた。 「父さんは?」と聞くと「仕事に出てるわよ」と言われた。 親父は昔から興味のあった大工を始めていたのだ。 私は現場へ行ってみると誰よりも頑固で負けず嫌いな親父が先輩に色々と聞きながら忙しそうに働いていた。 私は昔から威厳のある親父の背中を見て育ってきたからその姿は苦痛でしかなかった。 その夜親父と母さんと3人で話しをした。 話によると家も担保にしてあるからそのうち取り押さえられると聞かされ私は親父に当たった「なんでウチがこんなになったの?」と。 親父は「俺が色々な事業に手を出したからだ」と言った。 私はそれを聞いて本当の事だと思いこみ親父を憎んだ。 そして親父に「バカヤロウ」って言ってしまった。
それから親父とは一言も交わさずに私は東京に戻った。
しばらくし母さんから電話があった。 仕事が終わり留守番電話を聞くと「父さんが亡くなりました。電話ください」と泣きながらの声だった。翌日帰京すると座敷に白い布を被った親父が寝ていた。
冷たかった。
火葬が終え身内だけで話し合いが行われた。そこで私も含め兄弟は倒産の本当の理由を知ってしまった。 親父は事業に失敗などしていなかった。 すべて私達のためにしていたことなのだ。 兄弟のために大学にまで行かせてくれてたお金はじつは借りたお金だった。
わたしはそんなことも分からないで親父に酷い言葉を言ってしまった。
涙が止まらなかった。
悔しくて悲しくて
涙が止まらなかった。
でも親父はもういない。
謝りたくても謝りたくても親父は戻ってこない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
父さんに何一つ親孝行できずにいたね。父さん本当にここまで俺を育ててくれてありがとう。 親父には何も出来なかったけど親父のために俺は一生懸命頑張るよ。
母さんは俺が一生守るから。
親父みたいにたくましく生きるよ。
安心して見ててくれ。
|