400万人が待ってるよ♪

もうすぐ じいちゃんの一周忌。

その頃は仕事が忙しく、なかなか実家に帰れずにいた。夏の始め頃からじいちゃんの具合が良くないと聞かされていたのもあり、お盆くらいはと帰省した。
蒸し暑い。前の年のクリスマスに、ハワイで買ったアロハシャツ。ばあちゃんとお揃いにしてプレゼントした。まだ寒いからと夏が来るのを楽しみにしていた。夏になっても、私が来るまで袖を通さずに待っていたという。早速着替えてもらったが…格好悪い。男前だったじいちゃんは暫く会わない間に随分痩せていた。「だぼだぼだなぁ」と笑いながら記念写真を撮る。
兄の子供達をあやして遊んでいたが、じいちゃんの呼吸が乱れ、急いで近くの病院へ向かった。車の中で横になっても苦しそうにしているじいちゃんの手を撫で続けた。顔を歪めながらも、じいちゃんは嬉しそうに笑っていた。

しばらくしてじいちゃんは入院した。タバコが好きで病院嫌いのじいちゃんは末期の癌だった。
9月になり、月末の社員旅行を休暇に変え再び帰省した。面会時間を過ぎていたため、じいちゃんには明日会いに行くことにし、一人で寂しいと言うばあちゃんと一緒に寝た。じいちゃんの具合を聞くと、ばあちゃんは私の手を撫でながら「みきがこうやって撫でてくれて嬉しかったんだと。また撫でてけろなー」 そう言って手を繋いで眠った。
次の日病院へ行くと、更に痩せたじいちゃんが眠っていた。手には袋の様なものがはめられている。苦しがってチューブを取ろうとするからだと看護婦さんが言っていた。付き添っている間ならはずしても構わないと言われたので、また撫でてあげようと袋をはずしたが少しためらった。むくんで皮がむけ、蒸れて汗をかいた手はべたつき、かなりの匂いを放っていたからだ。ハンカチを濡らし、少し拭いてから手を撫でた。その後洗面器に入れて、丁寧にじいちゃんの手を洗った。じいちゃんは気持ちよさそうにしていた。ばあちゃんは「きれいになってよかったなぁ」と語りかけていた。
じいちゃんが起きてから、お盆に撮った写真を見せた。

容態は思わしくなかった。先生は、ここ数日がヤマだと言い、じいちゃんは個室に移った。泊まりでの付き添いにも許可が出た。ばあちゃんも具合があまり良くないこと、私も休みが長くないこともあり、まずは私と母で付き添うことになった。交代で寝ながらじいちゃんの寝顔を見ていた。時折苦しがり唸り声を出す。『ヤマ』と言われたが、寝息をたてるじいちゃんを見ていると正直実感はなく、手を撫でながら、子守歌を歌っていた。小さい頃はじいちゃんに歌ってもらってたのに「逆だと変だね」と笑って、母と交代しようとした時、心電図が乱れ、警戒音がなった。胸がざわつく。今までも何度か警戒音はなったが、それまでとは少し様子が違った。看護婦さんが駆け付けた。音はまだ鳴りやまない。「ご家族を!」
私は部屋を飛び出した。家に電話をし、車を走らせた。家に着くと、父に運転を代わってもらい、兄とばあちゃんの手を握りながら再び病院へ向かった。
夜中だというのに、病院の廊下で看護婦さんが「ばあちゃん!早く!」と叫んでいる。部屋に着くと母が泣きながらじいちゃんを呼んでいた。それぞれが「じいちゃん!」と叫んでいた。じいちゃんの口が動いたが言葉は聞き取れない。そしてばあちゃんの手を握ったままじいちゃんは逝った。


それから実家に帰る度、ばあちゃんは私の手を撫でるようになった。「手っこ きれいにしてもらって、気持ちよくなったってじいちゃん言ってた。よかったよ〜。ありがとな〜。」
会う度ばあちゃんも痩せていく。じいちゃんの分までばあちゃんの手を撫でるために、また家に帰る。


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